赤いポストは、
駅へ向かう人の流れから
少しだけ外れた場所に立っている。
朝は影が短い。
夕方になると、
足元から長い影が伸びる。
決まった時刻になると
集荷の車がやってきて、
小さな扉が開く。
中にあるものは、
白い封筒だけではない。
葉書。
角の丸くなった封筒。
少し厚い茶色の封筒。
誰かが書いた言葉が、
一つの袋へ移されていく。
昔、
この町を離れた人へ出す葉書を
何度も書き直した人がいた。
表には住所。
裏には、
「元気です」
それだけ。
本当はもっと書きたいことが
あったのかもしれない。
けれど葉書は、
その短い言葉のまま
ポストの中へ落ちた。
別の日には、
制服姿の学生が
封筒を持って立っていた。
投函口へ手を伸ばし、
一度戻す。
もう一度読み、
また封を確かめる。
結局その日は、
封筒を鞄へ戻して帰った。
ポストは、
出された手紙だけを
見てきたわけではない。
出せなかった手紙の前にも、
ずっと同じ場所に立っていた。
季節が変わり、
投函口へ伸びる手も変わった。
それでも、ときどき
誰かが赤いポストの前で止まる。
封筒を手にして。
切手を確かめて。
投函口へ指をかける。
九月のある夕方には、
一人の男が長い時間そこにいた。
一度は出せなかった手紙を持って、
町を歩き、
もう一度ここへ戻ってきた。
封筒が落ちる音は、
とても小さかった。
ポストは、
その手紙に何が書かれていたのかを知らない。
届いた先で何が起きたのかも。
ただ、
誰かの手から離れた言葉を
受け取り、
次の場所へ渡す。
夕方。
集荷の扉が閉じる。
車が角を曲がると、
青い看板のパン屋から
焼けた小麦の匂いが流れてくる。
赤いポストには、
また空いた場所ができる。
まだ書かれていない手紙のための、
小さな空白。